動物園

ショートショート

 歳をとると何でも教えてやりたいと思うようになる。
 目の前にいる親子のような二人に話し続ける。
 「象の花子はな、今はもういないがな。ここにはじめてきたときはそれはもう人見知りで、飯もくわない。どうしようってな、当時の担当の親方が頭を抱えていてな」
 70歳過ぎたこの体は肩は上がらないし脂っこいものは受け付けないし、毎日どこかしらに痛みが出るようなオンボロになってしまったが、口だけはよく回る。
 人生を生きて分かった答えはおしゃべりは治らないということだけだ。
 「当時新人の私は何とか力になりたいと思って頭をひねったんだが経験の浅い私が考えつくことなんて親方がとうにやっていてな」
 親子は去って行ったが、私は喋るのをやめられなかった。キリが良いところまで話さないとやめられなくなっていた。
「隣で掃除したり手を動かしながら喋りかけたんだ。ずっと暗くなるまで。毎日のように。言葉が通じていたとは思わなかった」
 ”言葉が通じた”そのキーワードで別の話題が頭に浮かんだ。次に話すのはこれにしようと私は決めた。
 「ある日私が持ってきたリンゴを食べたんだよ。親方が持ってきた餌は食べないで。嬉しかった通じたんだよ、気持ちが」
 口は回っても歯はもうボロボロだった。リンゴはもうしばらく食べてないなと思った。
 「それからは正式に花子の担当になった。私が話し始めるとなこっちを目だけは見るようになった。
まるでお前の話を聞いているぞって言ってるように。言葉の壁なんて関係ないんだ」
 別の親子が私の前に立っていた。だが自分たちの話に夢中でこっちの話を聞いている様子はない。
 「おしゃべりに拍車がかかったのはこの頃かな。この歳になっても、ずっと通じているかわからなくても喋り続けているんだよ」
 檻の外にいる地球上の生き物とは思えない二足歩行の生き物はこちらを眺め、5分もすれば次の人間のいる檻に移動する。
 ここからだと私の檻の看板が裏側しか見えない。かかれているのは、『侵略された惑星の知的生命体』だろうか。
それとも『この動物園の園長であった人間』だろうか。はたまた『よく鳴く動物』だろうか。
 その答えを知ることはできない。

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