裏通りを歩いていると、見慣れない看板が目に飛び込んできた。その看板には、赤い文字で「50分 11(?),000円」と書かれていた。
?の部分は剥がれたような跡があり、1の上の部分が消えていた。
「1?000円…か。」
僕は立ち止まり、しばらくその看板を見つめた。普通なら見逃してしまうようなものだが、その曖昧さが妙に気になる。50分で11,000円? それとも、17,000円? どっちなのだろうか。
赤い文字の看板で雰囲気からして大人のお店だと思った。
「どっちでもありえるな……」
僕は小声でつぶやいた。11,000円なら、まあ安い。17000円なら、サービス内容によるが、妥当な値段くらいだろう。
看板以外に目を向ける。建物の古びた外観を見れば、まるで11,000円と決めつけられているかのように思える。だが、お店の名前が『石鹸』を彷彿とさせるワードが入っている。
なら17,000円だとしたほうが普通ではないか。
11,000円と17,000円。6,000円の違いはでかく感じる。いや、どっちが正解の値段なのかわからずに博打に出る値段としては高いということなのだろうなと、思考を整理した。
建物の窓は曇っているし、開けっ放しのドアは獲物を待つ獣のような威圧感がある。内側が入ったものならもう回れ右はできない。そんな雰囲気だ。
「あんた、迷ってるのかい?」
突然、背後から声がした。驚いて振り返ると、小柄な初老の男性が僕をじっと見つめていた。彼の服装もどこかくたびれていて、この場所に似合っている。
「え、いや…ただ看板が気になって…」
「そうかい、あの値段が曖昧だろう?」
「ええ、少し」気さくな老人に気圧され、あいまいな返事になる。
「何年も前からあのままなんだ」老人は答える。
「じゃあ、本当はなんて書いてあるんですか?」
老人はその言葉を待っていたとばかりに、ニヤリと笑った。「それは、あんた自身が確かめてみたらいいんじゃないかい?」
教えてくれる気はないらしい。建物の方に目を向ける老人につられ、僕もそちらを向いた。
「いや、やっぱりいいです」僕は笑って答えた。「そういう冒険は、得意じゃないんで」
「賢明だな」
老人は笑った。