歯ごたえのないもやし

ショートショート

 昼寝のつもりが、目を覚ましたときにはすでに19時を回っていた。薄暗くなった部屋の中、リモコンを探す。手元にそれはあった。
 「明日は日曜日だし、別にいいか」と呟いて、体を伸ばす。肩や背中がパキパキと鳴り、若さのかけらもないあくびが洩れた。

 空腹感がじわじわと広がってくる。「何か食べないと」と思いながらも、冷蔵庫の前に立つのも気が重く、ソファに体を預けたまま考え込む。
 買い物に行こうか、いや、面倒だ。混雑したスーパーに足を運ぶ気にはなれなかった。

 「とりあえず」と重い腰を上げ、冷蔵庫を開ける。中には、昨日の夕飯の残り物が目に入った。
モヤシ炒めだ。少し萎びて見えるけど、捨てるのはもったいない。これでいいかとあきらめとご近所のような感情を抱きつつ、モヤシ炒めを電子レンジに放り込んだ。

 待っている間に、ビールの蓋を片手で開け、もう片方の手でテーブルを雑に拭く。
 汚れを取ったふりに過ぎない。ただ、習慣をなぞった動きだった。チンッという音が鳴り、レンジの蓋を開けると、ほのかに漂う温かな匂いが空腹をさらに刺激する。

 テーブルにモヤシ炒めを置き、テレビをつけた。特に観たい番組があるわけでもなく、ただの背景音として流しているだけだ。
 プルタブが立ったままのビールを一口流し込んでみた。
 「この味はあまり好きじゃないな」と呟く。いつもより安いビールを買ってみたが、やはり失敗だった。

 「まあ、いいか」と思い直し、箸でモヤシ炒めをつまんで口に運ぶ。
 しなしなとしたモヤシが口の中で無抵抗に広がり、噛むたびに歯ごたえの無さが気になった。「当然だな」と、二言目の誰に言うでもなく呟きが漏れたが、ビールで余計な感想ごと流し込む。

 「これでいいのか、俺」と、ふと頭をよぎる。誰にも迷惑をかけず、何もなく感じて、ただ一日が終わっていく。この単調な日々に、何かを変えなきゃいけないのだろうか、そんな問いが頭をかすめる。
考える時間はたっぷりある。しかし、その思いはいつもビールと一緒に飲み込んでしまえた。

 気づけば、テレビの画面にはバラエティ番組が映っている。芸人たちが楽しそうに笑っているが、その笑い声は俺には響かない。ただ、音があるというだけで、気を紛らわせてくれているに過ぎない。

 ビールがなくなると、素早くもう一本を冷蔵庫から取り出した。ふたを開ける音が、部屋に小さく響く。
 「明日はどうするかな」と、一人で考え込む。休みの日に何をするかなんて、特に予定はない。
誰かと過ごすわけでもないし、特別なイベントもない。ただ、同じように過ごすだろう。だが、それでもいいと思ってしまう自分がいる。
 昔は友人によく声をかけていた。この時間はよく電話をしていたなと、懐かしさを噛みしめる前に口の中を泡で満たす。

 「何やってんだか」テレビから聞こえる笑い声に合わせて俺も笑う。
やはり、この味は好きではないが、今夜の自分にはちょうどいいかもしれない。モヤシ炒めを食べ終え、空になったビールを眺める。

 テレビの音が、徐々にうるさく感じリモコンを押す。ソファに深く沈み込む。音はまだ残り続けていた。
 「明日も、どうせこんなもんだろう」と思いながら、目を閉じる。安いビールの苦みがより感じた。

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