ここに一番多くいる生き物は間違いなく人間だろう。
「はなながーい」
「おおきーい」
私を指さして小さな人は笑う。私は生まれて50年以上になるがこの者たちはほぼ毎日飽きもせず指をさすことを繰り返す。いやきっと私に区別がつかないだけで同じ個体ではないのだろう。
長く生きていると人が何を言っているのかわかってくる。
……いやわかる気がするだけか。そのおかげで自分に気にかけてくれる人間とそうでない人間の区別がつくようになった。
これは人間という種に限った話ではないな。私たちの種だって、この周りの檻の中の種族たちだって変わらない。
身体的な特徴を言う人間と内面の特徴を言う人間。人にはこの2種類が存在する。もちろん気にかけてくれる人間というのは後者。
「ばいばーい!」
小さな人が私に声をかけ、大きな人に連れられて檻を離れていく。檻の外にいる人はいなくなった。
人の子がいなくなるこの時間は静かだ。今日が終わろうとしていることを感じる。
「今日もご苦労様。私よりも年寄りだろうにえらいな」
ガシャリッ
鉄の扉が開く音が聞こえると、声を掛けられた。
この人間の顔だけは区別できる。わたしがここに来て20年以上の付き合いだ。名前はじいさんだったと思う。ほかの人間がそう呼んでいた。
優しく私の鼻をなでる。20年前とは違う樹木のような手だ。
私はじいさんの手にからむように鼻を動かす。優しく、傷つけないように。
じいさんは出会った頃よりも背が縮み、歩くスピードが遅くなっていっている。彼に死が近づいているのだと感じる。私の寿命のほうが長いのだと実感させられた。
「いままで本当にありがとうな。今日でこの園にくることはなくなるよ。これからは別の奴がおまえの面倒を見てくれる。この間来た若いのだ。お前を大切に見てくれるからな」
私の目を見つめながら、寂しそうなじいさん。伝えようとしていることは、別れだ。きっともう会うことはない。
手はまだ私をなでている。優しく、傷つけないように、私が脆い生き物のように。
(脆いのはそっちだろう)
私は鼻をじいさんの肩にまとわりつくようにして、ゆっくりと自分に近づける。優しく、傷つけないように。
おでこにじいさんをやさしく押し当てる。人間同士が良くやる抱き合う形をまねようとして。
人の言葉は理解できるが、ゾウの言葉を人は理解できない。だから感謝の気持ちを伝える方法もこれで合っているのかわからない。
だが、じいさんから落ちた水滴は私を否定するようなものでなかったと理解できた。