遊園地の一角にあるメリーゴーランドの上に2羽のカラスが止まりました。
カラスのコウとミドリは、ほこりをかぶったジェットコースター。さびれたレール。音のしない暗闇のゲームコーナーを見渡しながら羽を休めます。
「ずいぶんと寂れてるなぁ。なあ、ミドリ、昔はここにたくさんの笑顔があったのかな?」
コウがつぶやきました。
「そうだね。昔は子供も親たちも楽しめる、良いところだった……と聞いてるよ」
「今はもう草木が生い茂って、アトラクションも自然に溶け込んでしまってるね」
「人がもう近寄らなくなった証拠だ。ここではエサはあまり期待できないな」
「住処には良いんじゃないかな?」
「やめといたほうがいいよ。この遊園地はいわくつきだから」
「いわく?」
ミドリの言葉にコウは興味津々に聞き返しました。ミドリは遠くの民家を眺めるように語りだしました。
「そう。この遊園地が潰れたきっかけにもなった話さ」
「あの頃、園長さんと斎藤さんという従業員の間で何かトラブルがあったらしい。
園長さんは昔ながらの遊園地の雰囲気を保ちたいって思っていたし、
斎藤さんは新しいアトラクションを導入して遊園地を活気づけたかったんだよ。
お客さんが足が減っていた時期だ。どうしてもなんとかしなくちゃ、と極端な改革を考えてしまう。
この二人の意見の対立は次第に大きくなり始めた」
「なるほど。その対立がどんどん深まって、他のスタッフたちも意見が割れちゃったんだね」
コウが羽をパタパタとさせながら、言いました。ミドリはうなずき、話を続けます。
「そう。スタッフたちの連携が乱れて、雰囲気が悪くなっていった。
お客さんもそれを感じて、だんだんと遊園地に来る人にも影響が及んでいったんだ」
「潰れた理由はわかったけど」
コウは不満そうに呟きました。「それのどこが、いわくつきなの?」
「実は話は別の角度からの物語もある。それは反対派が強まった出来事の話さ。元々は園長側の保守的な意見が圧倒的に多かった。でも、ある出来事が状況をひっくり返したんだ」
ミドリがほとんど緑に覆われたジェットコースターに目線を移す。
「なるほどアトラクションのトラブルだね」
「正解。コウは鋭いな。ジェットコースターが故障したことがあった。
大惨事にはならなかったが、クレームやSNSで誹謗中傷がしばらく続いたんだ」
「古い設備がトラブルを起こしたから、改革派に寝返る人が増えたわけだ」
ミドリが頷くと、得意げな顔でコウは言葉を続けます。
「メンテナンスをケチった?」
「いいや。問題はプログラムに細工した人為的なものだった」
「わざとトラブルを起こしたの?」
ミドリがうなずいて続けました。
「その通り。調査の結果、遊園地の元スタッフだった鳩山さんが、何らかの理由でシステムに干渉していたことが判明したんだ。」
「なぜ斉藤鳩山さんがそんなことをしたんだろう?」
「動機は買収。彼は斎藤さんに個人的に雇われたんだ。従業員だった彼ならこの遊園地に詳しかったし、その時、彼は中小企業のプログラマーとして働いていた。スタッフ時代から今でも家族同士の交流のあった斎藤さんは彼に大金を払い死人が出ない程度のトラブルを起こさせた」
「そして、従業員内の対立が悪化した」
「斎藤の考えが至らなかったのは、彼の考えとは裏腹に客の入りは加速的に減ってしまったこと。改革を行う前に国が潰れてしまったんだ」
コウが憂いを帯びた声で続けました。
「そして、もう一つ。その頃に斎藤鳩山が姿を消してしまったこと」
コウはそう言って、少し離れたゲームセンターの中へと入っていきました。ミドリは慌てて後を追いかけます。
従業員専用のトイレの先。草木の生い茂る場所にコウとミドリは移動しました。
自然の緑に溶け込み切れない白いものがそこにはありました。
「これは人の骨?」
「そう。鳩山の白骨。彼は殺され、ここに遺棄された」
「まさか、園長にハッキングがバレて?」
「いいや、斎藤によって殺されたんだよ。」
「口封じのために?」
「それもあったかもしれない。でも、原因は浮気だ。鳩山は斎藤の奥さんとねんごろな仲だった。
ある日、斎藤はそれを知ってしまったんだな。彼は極端な方法でことを済ませた」
ミドリはねんごろ?、と聞き返したが、コウは答えなかった。
「彼が死んでから閉園になるまでの間、スタッフが夜中に人影を目撃するようになった。鳩山の霊が遊園地をさまよっていたんだ。
そして、その話はスタッフ以外にも拡散され、人がいなくなっていった」
「結局、斎藤の天下は来なかったんだね。いわくつきって鳩山さんの幽霊のことかー」
ミドリは白骨遺体を眺め、何も考えてないような軽い口調で言葉をつづけました。
「人は怖いな」
「ああ」
カラスに生まれ変わってよかったよ。