「等身大フィギュア80万だと!? 買わねば」
騒がしい独り言に、またかと、真奈はうんざりする。彼女にとって姉の柚樹の独り言は面倒くさい状況になったサインだった。
「お姉ちゃん。どうしたの?」
「おお妹よ。聞いてくれ実は『A#3』の私の推しが現実に顕現する日を迎えたの」
「ああなるほど、推しの等身大フィギュアが発売する日なのね。でっそんなお金どこにあるの?」
真奈は瞬時に彼女の遠まわしな言動を理解し、その問題を言及した。
姉の難しい言い回しには10年以上付き合わされていて、自然と理解できるようになった。こういう時、彼女の頭にはホームステイ先でその国の言語で話せるようになる自分、を想像してしまう。
姉の話す言い回しは、日本語であって日本語ではないという認識だった。
「…………臓器を売るしか」
姉は長考の斜め上の答えを返す。すでにお昼ごはんの親子丼が冷めてしまったかも、と余計なことを考えていた。
「もっと現実的なことを考えて。今いくら持ってるの?」
「…………300円」
「はぁーーー」
「ああ失望を含んだ大きめのため息はやめて!」
パソコンのディスプレイには19800円のフィギュアが表示されている。お気に入り登録までしているしまつ。
姉の言動に失望とともに真奈の変なスイッチが入った。
「フィギュアはあきらめようね。だいたい今必要なものなの? 違うよね、今お姉ちゃんに必要なのは、働く先を探すことだよね?
就職活動もロクにしなかった大学生時代から、もう3年近くたっているんじゃない?」
「やめておくれ、お姉ちゃんを苦しめるワードが多すぎる!」
涙目の姉を見て、頭が少し冷えていく感覚があった。硬直した肩からゆっくりと力を抜いていく。
「言い過ぎたかも。ごめん。別の方法を考えよう。そのフィギュアどうしても欲しい?」
「もちろん!私の推しの初めてのフィギュア化だもの」
「他の物を売ってでも?」
「いや!それはいかん! やめてお姉ちゃんのコレクションたちを指差さないで。そのこたちは売れないわ」
姉が棚の正面に立ち、やる気のないレッサーパンダのような威嚇のポーズをとる。
好きなことになると、こんなにも生き生きとしている姉を少しうらやましくも思う。
それ以上にからかうと可愛い姉に言いようのないゾクゾクと湧き上がるものもおぼえる。ほんの少しだけ。
「はあ。ならフィギュアはどうやっても買えないでしょ」
「そんなぁ」
「だいたい所持金300円じゃどうにも…………お姉ちゃん。紙粘土でも買ってきて作ったら」
「えっ」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする姉に、自分でもどうなの?、と思うような代替案を提示する。それしか思いつかなかった。
「紙粘土で推しのキャラクターを作るの! 等身大は無理だけど、お姉ちゃん器用だからできるよ」
「作っても……いや、やってみるか!」
姉は思いのほかやる気に満ちていた。彼女はおだてると木に登り、木の実まで取ってきてくれるタイプの人間だ。
月日が流れた。そこには情熱的な大陸の密着取材を受ける姉がいた。
「では、その時のことがきっかけで?」
「はい。これが私のフィギュア職人のターニングポイントでした」