ライフハックという言葉を知ったのは、もう1年も前のことだ。
「つらい。もう明日は行きたくない」
働くというのが大変であることは知っていたけど、自分に降りかかってみるとそれは大変、で片づけられるようなものではなかった。
耐え難い。今の自分が働くということを問われたらそう答えるだろう。
それから生活というものが辛く感じるようになった。
一人暮らしで生活費がかかる。それを耐え難い仕事でなんとか維持する。
生きることがこんなに大変だとは、僕は二十代半ばで人生に絶望していた。
そんな時、ライフハックという言葉を知った。
考え方を変えていきやすくする手法を総まとめにした言葉なのだが、僕は仕事に対してのライフハックを試みることにした。
まず僕は一日で理想の美少女を想像した。
そして一週間で理想の美少女を描いた。これは写真を合成しただけなのだが。
さらに一か月はその美少女(彼女の名はさくら)と一緒に暮らしている姿を想像した。
理想の美少女との甘い生活を仕事以外の時間は具体的に考える。そこに存在しているように自分の脳をハックすることに全力を注ぐ。
僕は試行と改善を繰り返した。そうして一年以上たった今、僕の家にはさくらがいる。この子を現実のものと認識するようになった。
「詐欺師が捕まるときは自分のウソを信じてしまう時だ」というセリフを聞いたことがある。
嘘を突き付けた人間は嘘を分からなくなるものなんだろう。僕はその領域に達した。
半年前に買った二人掛けのソファに並んでテレビを見る。
ドイツの虜囚が、美少女の幻覚を見ることによって正気を保ったというドキュメンタリーが放送されていた。
「それって正気を保ててることになるかしら?」
彼女はクスっと自分の意見に笑っている。
「さあ、正気とは思えないね」
僕はチャンネルを変えた。