羊を数えても寝られない

ショートショート

男にとってその日は、寝付けない夜だった。

男は古典的すぎて今は誰もやらない手法をためすことにした。

「羊が一匹、羊がニ匹……」

羊はスムーズに柵を飛び越えていきます。

「羊が百二十三匹__ああ駄目だ、ねれない!」

男はこのまま朝まで数え続けることになるだろうと悟り、イライラを声に出しました。

「何か別の物を数えよう。えっと」

男は目を瞑り、最初に浮かんだ単語を数えることにしました。

「グラスが一つ、グラスが二つ……」

男はグラスを十を数える前に上半身を起こしました。

「グラス、そうだ今日は朝から妻のグラスを割ってしまったんだ。あれは俺の不注意だったな」

男は今朝の出来事を振り返ります。

あの時妻には、ちょっとの衝撃で落ちそうなテーブルの位置に置いたおまえが悪い、と責任をなすりつけてしまったことを思い出しました。

「あの後、俺は謝っただろうか」

男は思い出せず、余計眠れなくなりました。

「別のことを考えよう」

男はもう一度目を瞑り、最初に頭に浮かんだ単語を数えることにしました。

「野球ボールが一つ、野球ボールが二つ……」

男は再び上半身を起こしました。

「ああそうか、息子を一方的に怒鳴ってしまったんだった。あの子の言い分をきちんと聞くべきだったな」

男は息子との出来事を振り返りました。

息子が野球ボールで人の家のガラスを割ってしまったこと。
仕事から帰ると妻からその報告を受けて、ろくに話を聞かずあの子が悪いと反省しなさいと注意してしまったこと。
今思えば、野球ボールで遊んでいたということは友達が一緒にいたわけで、あの子だけが
悪いというわけではない、と男は思いました。男は自分への嫌悪感で余計眠れなくなりました。

「別のことを考えよう」
男はまた、目を瞑りました。

「メガネが一つ、メガネが」

すぐにまた目を開いて、男は同僚のことを思い出しました。

「あいつの大切な資料にコーヒーを少しこぼしちまったんだった」

男はまた出来事を振り返りました。

自分のデスクへ向かう途中コーヒーを少し垂らしてしまい、それが同僚のデスクにあった紙の束に垂れてしまったのでした。

同僚がのちにそれを発見しましたが男は名乗りを挙げず、ささいなことだと勝手に決めつけ自分を正当化してしまったのでした。

男は一つ深呼吸しました。ゆっくり吸って、吸った以上の時間を使い空気を吐き出しました。

「明日、全員に謝ろう」

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