その本屋は電子書籍が当たり前になった現代で、紙の本愛好家たちのちょっとした有名スポットだった。
事前に連絡をとり、入ることのできる完全予約制の古本屋『わがまま』。
店内にいられる時間はきっかり1時間。
予約の際に指定した時間から1時間であるため、遅れたら当然その時間分減ってしまう。
私は社会人として、働きだしお金に余裕が出てきて、紙の本を買うようになった新参者だ。
そんな私に最近、友人が教えてくれたのがその古本屋の存在だ。私は大いに興味をひかれた。
早速予約を取り付けた。予約をする際に何か審査でもあるんじゃないかと思っていたがあっさりと予約を取りつけた。
万全の体調で早めに家を出て、古本屋の近くの食事処で昼ご飯を食べた。予約した13時ピッタリに店に入る。
「予約した大塚です」
「はいよ、ゆっくり見てってね」
店の主人は気さくなおじいさんだった。もっとラーメン屋の頑固おやじのような人を想像していた。
優しそうな人でよかったと安堵したが、店主のいうとおりにゆっくり選んではいられない。
私は早速店に並んだ本たちを眺める。
結論からいうと、驚いた。興味を惹かれるものがなかった。
小さな店内にはそれなりの本が並んでいるが、どれも過去に売れて市場に出回っている人気だった作品ばっかりだ。
掘り出し物といえるようなものはなく、紙の本が衰退しているとはいえ大手密林サイトで買えてしまう程度のものばかりだ。
「どうしようか」興味を惹かれるものはない。
それはそうなのだが、今私は3冊ほどの本を手にして買おうとしていた。
何か買わなくちゃという感情が自分を支配していた。
とりあえず買ってもいいかもなぁ、すぐには読まんけど!というような本を厳選している。
わざわざ電車でここまで来た。予約をしてまで店を開けてもらった。そんなこんなが私を駆り立てていた。
結局3冊の本を買い帰路についた。
後から紙の本愛好家の一人に聞いたのだが、あそこはわざわざ予約をさせてその人のために店を開けるようにすることで、本を買わなくちゃと思わせる作戦をしていることで、有名なおやじの趣味で営む本屋なのだそう。やられた。