ケータイ

ショートショート

 今朝はひどい雨だった。

 靴から染みた水で足先が冷たく、気持ち悪い。男はイライラしていた。

 男が道を歩いていると、大学生くらいの青年がケータイをいじってたたずんでいた。

 ケータイをいじったと思えば、数歩歩いてまたケータイをいじり、また数歩歩いてはケータイをいじる。

 出会ったばかりのその青年の行動に、男はイライラをぶつけたくなった。

 「おい!こんなところでケータイをいじってるなよ、あぶねーだろうが!」

 ストレス発散にひときわ大きな声で男は言った。彼にとって今重要なのは誰かを怒鳴りつけることで得られる満足感だった。

 「す、すいません」

 自分に突如向けられた怒声に、青年はケータイをスッ、とポケットにしまい込み、男の脇をそそくさと駆けて行った。

 「たくっ最近の若いもんは」舌打ちがもれる。態度には出さなかったが、今朝からのイライラを少し解消できた自分がいた。

 ふいに、男は青年が駆けて行ったほうが気になり、そちらを向いた。

 すると曲がり角で先ほどの青年がケータイをいじっている姿が少しだけ視界に入った。

 男はさっきのはその場限りの反省だったのかと再び怒り出し、青年の元へ向かった。

 人に怒りをぶつけて得られる満足感など、満たされたつもりになっただけで短い時間と持たないことを、男はこの先も理解できない。

 「なにやってるんだよ!クソガキ!」
 
 頭に血が上り顔が真っ赤になった男は青年のケータイを強引に奪うと、力いっぱいに投げた。
 
 ポチャン
 
 男の意図にそぐわずケータイは、下水道に落っこちてしまった。水の流れが激しく、すぐにケータイは見えなくなった。

 「ああ、なんてことを」

 ここまでやるつもりはなかった、と男は罪悪感が湧いたが、「これは罰だ」と自分を正当化した。

 すると「い……はあ、は、……たい」若者は苦しそうに心臓を抑えて膝から崩れ落ちた。

 「おいどうした!?」

 「死に、たく……な」
 
 青年はうつぶせに倒れ、そのまま動かなくなってしまった。

 男は病院で、後から知った話です。

 青年は心臓にペースメーカーをつけていて、ケータイと連動しており、日々その活動のチェックはかかせません。

 その日、ペースメーカーの調子が少しおかしいと、ケータイを何度も確認していたところでした。
 
 ケータイが壊れたことで極度のストレスと実際の心臓の異常が重なります。

 さらにペースメーカーが機能せず、青年は動かなくなってしまったのでした。

 怒りをぶつけて得られるものはどれだけありますか?

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