「先生、この学問は何の役に立つんですか」
教室の真ん中の席の男の子が手を上げた。
目立ちたがりの彼は、時々こうして大人に異論を唱えることがある。
彼の言葉に授業のペースを少し乱されたが、まあこれから言おうと思っていたことと変わらないので、よしとした。
「それはね__」
まだ見ぬ星にいる生命体を見つけられるようになった時代。
知性を持ち、言語を確立した生命体と将来的にコンタクトを取るべきか。
危険な生命体として母星からの監視にとどめておくべきか。
数多に存在する宇宙人の知性と進化を学ぶ学問。
「それが、この宇宙生物学だよ」
簡単に今日の授業の説明を話した。担当の先生が急遽休みになり、この時間に授業に駆り出された私は、自分が研究している学問を簡単に生徒に教えてみようと考えた。
「先生。質問に答えてもらっていません」
再び男の子が手を上げた。
しまった、と片手を前に出して男の子に謝る。自分の研究を語りたいがために、彼の質問に答えていなかった。
「宇宙生物学が何の役に立つか、だよね。
今はまだ少ないが、この先多くの知性を持った生物との交流が行われる。
宇宙人たちを知ることは彼らとコミュニケーションをとるため必要不可欠だ。
そんな近い未来のために、宇宙人を知り、理解することで多文明の存在を受け入れられる大きな社会の一員になれる。
まあ簡単に言うと、大人になったころに必ず役に立つから今はとりあえず、話を聞いてくれるかい」
男の子の質問にふんわりとしか答えることはできなかったが、私は持ってきたモニターをつけた。
そこには二足歩行で歩く生物が映し出されている。画面の右上に『地球人』と文字が書かれていた。
「このモニターに映っている生命体は僕らに似ていますね」
「僕らに近い生物は今やたくさん存在しているよ。彼らはその中でも僕らに知性の近い種族なんだ」
「彼らと僕らの違う点として議論に上がることの一つについて、今回は話すよ。
彼らは、想像を軸に進化を遂げた。その進化の中で文化として根付いたものがある。
彼らは空想する。例えば神様という上位存在。お化けのような恐怖を象徴する存在を。
そして、そのいない存在が大小問わずに争いを生む。自分たち空想を巡って戦争するんだ」
モニターのリモコンをとった。生徒たちを見回す。授業開始の頃よりは、この学問に興味を抱く子たちが増えたように感じた。
「少しグロテスクな映像になるよ」
そう言って私は、戦争をする地球人の映像と殺戮を正当化する国の代表者のスピーチを映した。彼らは神様という言葉をつかって都合よく国民を動かしていた。
「どうしてこんなもの見せるんですか」
生徒の一人が苦い顔をしながら講義をする。
「宇宙生物学を学ぶ中でどうしても通らなくちゃいけないところなんだ」
「どうしても?」
「そう。なぜなら地球人は宇宙生物の中で最も進化を失敗した生物とされているから」
私はこれが本題とばかりに映像を消し、語る。
「宇宙生物との交信で必要なことに”エラー”というランクがある。
これは今見つかっている宇宙生物の240種類の内26種に該当するもので、交流や交配をすることで
自分たち生物を退化させてしまう存在を言うんだ。
地球人はその”エラー”の代表的な生物として今は扱われている。
彼らを僕たちは観察を続けて同じ過ちを犯さないようにする。それが僕たちにとっての地球人の価値なんだ」
「関わるといいことはないから、反面教師につかえってことですか?」
私の話を補足するように生徒の一人が言った。
「この生物たちとは……関わりたくないな」
生徒の一人が呟いたが同時にチャイムがなったため、誰にも聞かれることはなかった。
「はい、じゃあ今日の授業はおしまい」