雄太は『ネクロリンク』が一般的に普及し始めたことに、心の底から感謝していた。
『ネクロリンク』は亡くなった人々の思考や感情をデジタル化し、それを生者が直接アクセスできるようにした小型の装置だ。
要は亡くなった人とホログラムでコミュニケーションがとれる、携帯端末。
ただし、デジタル化するには生まれてすぐに、身体に『ネクロリンクチップ』という1ミクロンに満たない小さなチップを埋め込まなくてはいけない。
20年前から、ネクロリンクは政府が開発する装置の実験として出生時、多くの赤ん坊がこのチップを注射により、身体に取り込まれていた。
雄太も『ネクロリンク』の対象者の一人だった。幼馴染の瑠衣も。
瑠衣は3年前に亡くなった。雄太は恋人だった。大学生の二人は幸せと大学生活を謳歌していた。
事故が起こった。瑠衣はバイトの帰り道車に撥ねられ、帰らぬ人となった。命が消えるにはあまりにもあっけなさすぎた。
雄太は彼女の死を受け入れられるわけもなく、自室にこもり始めた。大学は中退になり、生きるための道しるべを欲しがるようになった。
そんな時に、『ネクロリンク』が一般的に普及する段階に来ているというニュースを見た。
瑠衣も『ネクロリンクチップ』を埋め込まれた対象者であるため、大金さえあれば、彼女をよみがえらせることができると考えた。
その日から、雄太は変わることを決意した。
毎日バイトを入れ、生活にかかる費用も見直した。瑠衣にもう一度会いたい一心だった。
雄太は三十路になっていた。
目の前には今しがた、白衣を着た二人によって手渡されたネクロリンクがある。
彼は震える手で装置を起動した。
彼の目の前には瑠衣がいた。
「本当に君なのか?」と問いかける。彼女は静かに頷いた。
彼女との日々は雄太にとって、幸せだった。
自宅に帰り装置を起動する。瑠衣とのコミュニケーションを楽しんだ。
瑠衣をよみがえらせたことは正解だった、と雄太は心から思った。
たとえ、本物でないとしても。
ネクロリンクが世に出回って10年近くたった。
ネクロリンクの実態はすでに世の中の常識となっていて、死者ともう一度会えるという触れ込みは半分は嘘であることを知っていた。
亡くなった人の思考や感情をデジタル化した存在は、亡くなった本人ではなく、亡くなった本人の思考をAIが学習して行動や返事をする。
これは限りなく本物のようであるが、全く違っていた。それは人というより、人が描いた物語の登場人物のような存在に近かった。
それでも雄太は彼女に接し続ける。苦労して大金を貯めているときからこの事実は世の中に浸透し始めていて、雄太はそれを知ってもなお努力することを選んだ。
偽物であってなお、会いたいと望んだ。彼にとってそれだけ瑠衣の存在は大きかった。
「雄太。私と会うのはもうやめにしましょう」
雄太は正社員になった日。瑠衣はそう言って話を切り出した。
どうして、と言葉を口にしようとしたが喉を通り過ぎることができなかった。彼女がいつか伝えてくることを薄々気づいていたから。
瑠衣は雄太の近況を常に気にかけるように聞いてきた。彼女がいるのか、家族とはどうなっているのか。生前から物事をはっきりというタイプだった彼女は自分という存在がどういうものなのかを雄太に伝えることが多かった。
「あなたが私を大切にしてくれることは嬉しいけど、雄太は私をひきずらないで生きていてほしい」
彼女自身もネクロリンクの意味を知っていた。自分は瑠衣に限りなく違い別のものであることを。
その存在が雄太にとって価値があったとしても、長い将来に本当に必要なものではない存在であることを彼女は理解していた。
その考え方、気遣いは限りなく瑠衣のもので、雄太は彼女がいつかそのことを切り出すとわかっていた。
「瑠衣、ありがとう」
雄太はその日、眠るまで彼女と話をした。
目が覚める。いつの間にかベッドで眠っていた雄太は、床に落ちている充電の切れたネクロリンクを拾った。
瑠衣との思い出の詰まった物を集めた箱を開ける。ネクロリンクの端末をその中にしまった。