「今日は僕がビーフシチューをつくるよ」
そう宣言した彼は、冷蔵庫を開けて必要な食材を取り出した。
「手伝おうか」
「ううん。まかせて。ゆっくりしてて」
優しいところが彼の美徳だが、私が知る限り彼に料理経験はない。
部屋に戻るプランも考えたが、ここはソファに座り彼の調理風景を見ることにした。
ビーフシチューは思いのほか、きちんとできてきていた。
手順をスマホで見ながらきちんと確認して、ほぼ完成といっていいところまで仕上がっていた。
「うーん、味少し薄いな」
味見もしている段階まできていた。私の心配は杞憂に終わったのだと思った。
彼が、醤油を入れた。隠し味とはおもえないくらいに。また味見をする。首をひねる。思ってた味とはちがっていたらしい。
(そりゃそうだよ)
言葉にしようか考えたが、真剣な表情の彼に水を差すのは気が引けたのでやめた。
スマホで写真を一枚撮る。真剣に悩む顔もかっこいい。
冷蔵庫から今度はつかえそうな調味料をドバっと調理台に置いた。
「!?」
その中から迷いに迷って、彼はカレールーを一切れ鍋に入れた。
どうやらビーフカレーに近づいている。これは声をかけるべきか、だが彼が難問の正解にたどり着いた子どもに楽しそうにしているのでよそう。写真をまた一枚。
まあ、いいよね! ちょうど…………カレーの気分だったし。
味見をする彼は真剣なまなざしだ。そして、そのたび何かを鍋に投入する。酢、ラー油、ブラックペッパー、etc……。
途中鍋に餃子でも入っているの? と言いたくなりそうになった。
彼の味見は続いている。顔は真剣だが、焦りが見てとれた。もう方向性を見失っている。
冷蔵庫から豆腐を取り出した。
「だめだこりゃ」呟くと、私は彼にストップと叫んだ。