ハイツとどろきにはおじいさんが住んでいる、らしい。
陽太は隣人を見たことがなかったが、不動産曰く陽太の借りた201号室の隣、202号室にのみ現在入居者がいるのだそうだ。
たしかに夜は部屋の明かりがついているが、どうもシステマティックというか。
人が操作しているのかと疑いたくなるような規則的な変化なので、陽太は隣人の得体の知れなさに興味はあるが触れないようにしている。触らぬ神になんとやらだ。
28歳の陽太が勤めている会社が車で10分圏内の場所にあること。
何より1LDKなのに3万5千円という家賃に惹かれ、陽太はのアパートハイツとどろきに半年前引っ越してきた。
「会社が近くなったからといってゆっくりしてばかりはいられないな」
陽太は7時40分をさしたアナログ時計を見ると、飲みかけのコーヒーを台所に置き、鞄を持った。
念入りに玄関のカギを掛けたことを確認し、階段を下りる。
「おはようございます」
車のドアに手をかけたところで警官にあいさつされた。陽太は持ち前の明るさと社交性で会釈と共に挨拶を返す。
「おはようございます。朝から巡回ですか?」
「そうなんですよ。最近ここらへんのアパートで泥棒に入られる事件がありまして……」
「ああ、きいてます。犯人はわかっていないんですか」
「それが目撃情報もいまだなく、こうして朝からパトロールというわけです」
警官は申し訳ないと頭を下げる。陽太は手を大げさに横に振り「謝らないで下さい」とアピールをした。
たしか4日前、ここから歩いて15分くらいのところにあるアパートの一室で金目のものが盗まれたという話だ。
家主が買い物に出ている隙に狙われたらしく、ハイツとどろきと同じで4部屋しかない小さなアパートであったことで陽太も記憶に残っていた。
陽太もこの4日は外出の際カギのかけ忘れには細心の注意を払っている。
「まあ、泥棒がそんな短いスパンで次の犯行に入るとは思いませんが」
警官の言葉は的を射ている気がした。たしかに一度盗みを成功させたのなら、その近場でもう一度盗みをするというのはかなり危険に感じるし、心理的にも抵抗が出るのではないか。
陽太は最近の自分は神経質になりすぎていたのではないかと省みた。
「ところで、時間は大丈夫なんですか?」警官は自身の腕時計を陽太に見せた。
あれから7分たっている。かなりギリギリの時間だ。
「やば、では僕はこれで。」
それじゃと手を振り車のドアを開ける。遅刻はまずい。ボーナスに響くのだ。
警官は車が視界から見えなくなるまで見送ると、ハイツとどろきの201号室へと歩き出した。
ためらいなく一度ドアノブをひねる。鍵がかかっていることを確認。警官は再びドアノブを右にひねる。それから左に。
また右に__左右にひねること5回。
ガコッという音が鳴ると警官に邪悪な笑みがこぼれる。
この近隣にある、アパートの2階の部屋には細工がある。ドアノブを左右5回以上回すことでカギが開く仕組みになっているのだ。
泥棒のネットワークでは有名な”細工アパート”と呼ばれるアパートで、泥棒が弟分に盗みを教えるためによく使われていた。
警官はそのことを数年前に捕まえた男から聞き、自らが盗みを働くようになった。こんな簡単に金が手に入るならやらない手はない。
しかも自分は警官だから、アパート内に入っていくことを露骨に怪しまれることはない。
ドアを引き、陽太の部屋へと侵入した。