「はらへったな」
14時を過ぎて、すっかりお昼を食べ損ねてしまった。腹の虫が30回目の呼び鈴をならしている。
出先の用事を済ませ、ホテルへ戻るまで30分くらい時間がある。
どこか適当なところで食事を済ませておこうと思った。
「『食事処 まるまる』? ここでいいか」
見た目はザ・小さな定食屋といった、こじんまりとしたお店に入った。
「いらっさい」
声のする方を見ると腰がくの字に曲がった小さなおばあさんがいた。
おばあさん以外に人はいない。どうやらこの時間は一人で切り盛りしているようだ。
私はカウンター席に座り壁に書かれている定食メニューの中から餃子定食を注文した。
「あい」と返事をするとおばあさんは厨房に消えていった。
10分もしないうちに餃子定食が運ばれてきた。私は箸を割って餃子を一口齧る。
「これは!」
私は反射的に椅子から立ち上がってしまった。この味を知っていたからだ。
「おばあさん! この味をどこで!?」
客が急に立ち上がったのに驚いたままのおばあさんに、私はこの餃子について説明を求めた。
この味は地球で暮らしていたころ、祖父の家で食べていた大好きだったあの餃子の味にそっくりだった。
そのレシピを知りたいと思った頃には祖父は亡くなっていた。
あの味の再現を試みたこともあったが、全くもってその味にはならなかった。
それからは大学をでて、多くの学生同様に火星での就職をした。
出張で地球に戻ってきて、たまたま訪れたこの店で味わえるとは。
私はこれまでのどれだけこの味に恋焦がれていたかをおばあさんに力説した。
私はくの字のおばあさんよりも頭を下げて言った。
「この餃子のレシピを教えてください」
「それは冷凍食品だよ」
私は愕然とした。祖父の手作りではなかったのか。
冷凍食品。数十年前にはもう生産する工場が一つもなくなった消え去った文化の一つ。
この時代にはもう存在しない冷凍餃子だった。