催眠術士な彼女

ショートショート

徹が昼寝から起きて、日が沈みそうな時間に掃除をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

ドアを開けると五円玉に紐を通した、いかにもなアイテムをぶら下げている彼女が立っていた。

「あなたはだんだんタキシードを着たくなーるー」

紐を持って五円玉を左右に揺らしながら彼女はつぶやく。

彼女の趣味は掃除に洗濯に催眠術。

家庭的な趣味の中に、スパイスのきいた趣味も持っている素敵な女性だった。

徹は部屋に戻り、そそくさとタキシードに着替える。

タキシードは、先週彼女が特に理由を説明せずに置いていったものだった。

徹はこういった、彼女の行動に馴れていた。彼女のやりたいようにやらせよう、というのが徹の座右の銘になっていた。

「あなたはレストラン○○に行きたくなーるー」

五円玉を揺らして彼女が次の命令をした。

座右の銘は車に乗り込んだ。

「でもあそこは予約が必要なお店じゃなかった?」

キーをまわそうとしたとき、徹は助手席の彼女にきいた。

「予約は済ませてあるわ」「なるほど」

車で走り出して、20分ほどで目的地に着いた。

「いらっしゃいませ」

案内に従いつつ、徹の手を引き彼女がテーブルへと座る。

コースメニューを食べ、二人は楽しいひと時を味わった。

食事がすむと、彼女は五円玉を取り出し、また催眠をかける。

「あなたは私にプロポーズがしたくなーるー」

「…………指輪がないや」

「指輪は後でいいわ。告白の言葉だけ」

徹は優しく彼女の手つかんだ。

彼女は驚いた様子でその大きな瞳をさらに大きくした。

「来週また今日と同じ場所でデートをしてほしい。その時に伝えるから」

ディナーの場所もプロポーズの場所もタキシードのレンタルまで全部かぶってしまった。

徹の計画より1週間は早く彼女が準備をしていた。徹はやっぱり僕たちは似たもの同士だと、笑みがこぼれる。

「やっぱり指輪はなくて正解だったわ」

彼女は全部を理解した様子でうなずくのでした。

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