三匹のぶたねこ

ショートショート

 この店よくつぶれないなと思う店ってあると思う。
 店内で人の姿を見たことなく、外見もさびれていて、今にもつぶれてしまいそうな店。
 わたし自身がそんな店に入ることは趣味としてもないし、見つけたとしても入ることはないだろうと思っていた。
 この日までは。
 それは、出張で栃木県に来た時の話だ。商談が早く済んでやることもなく街をぶらぶらしていると、一匹の猫を見つけた。
 まんまるとしたその体系は招き猫にそっくりだった。
 こちらを見つめたその猫は「うなー」とあくびをしながらに鳴いた。驚いた。
 驚いたのは「うなー」と鳴いたその声の異様さにだ。美川憲一にハスキーさをプラスしたような声だった。
 あまりにも猫に似つかしくない鳴き声に一瞬、人が喋ったのかと周りを見渡してしまった。その猫から発したものだと理解するとわたしは強く興味をそそられた。
 もう一度鳴いてほしい。その猫にゆっくり近づいて、おいでおいで、と手招きすると、逆にそのねこはゆっくりとわたしとは反対方向へと歩いて行った。
 「そんな!」がっくりと肩を落としたが、わたしはあきらめなかった。
猫を驚かせないようにゆっくりと後ろについていく。またその声が聞きたい一心だった。
 猫は突然立ち止まり、私のほうを見た。猫のいる隣には看板が立っている。
 その看板の店に向き直るとあまり繁盛しているとは思えない小さな洋服店だった。だが、店の中が見える位置にピエロの服が売っていた。だれが買うのか? それに地域密着型のお店なのか学校指定の制服も取り扱っているらしい。
 店の中をのぞき見していたせいで猫のことを忘れていた。猫のいたほうへ振り向くとそこには看板しかなかった。
 あの変わった声の猫はもうどこかへ行ってしまっていた。
 残念に思ったが、今は目の前の洋服店が気になる。わたしは中へと入ってみることにした。
 手品で使うシルクハットを買った。来月に会社の出し物があることを忘れていたので、これは使えると思って購入した。
 わたしがホクホク顔で店を出ると猫がこちらを見つめていた。さっきの猫とは明らかに違う茶トラだった。
 目が合ったその猫は仰向けになり、おなかにある特徴的な模様をわたしに見せつけた。
 そこには縦に二本の線、横に二本の白い線が体に対して少し斜めにするようについていた。音楽記号のシャープだ。
なんと珍しいことか! わたしは釘付けになったが、三秒もしないうちに猫は上体を起こしそそくさと歩き出してしまった。
 ああ、また見たい。できることならそのシャープ模様に触れてみたい。そう思い猫を追いかける。
 しばらくするとその猫は看板の前で歩みを止めた。
 わたしは看板を見つめる。店の名前は『開運堂』。店内を見るに開運グッズ専門店のようだ。
 だがお客さんは一人も見えない。店にでかでかと置いてある、商売繁盛と小判にかかれた大きな招き猫の効果はいまいちみたいだ。
 わたしは猫を追いかけていたことを思い出し、看板のほうへと目を向ける。茶トラの猫はどこかへいなくなっていた。
 「ああ、まただ」せめて写真だけでも撮りたかった。わたしは猫への思いを消化しきれず、でかでかとした招き猫でも拝もうか
と思いわたしは『開運堂』へと足を運んだ。
 ゴルフボールくらいの大きさの黒猫のぬいぐるみを買った。猫への情熱を満たしてくれる今必要な出費だった。
 もふもふでさわり心地がよく、とにかく可愛い。合格祈願とかかれた小判を持っているが、わたしには関係ないのでそれは気にしないことにした。
 わたしがホクホク顔で店をでると猫がこちらを見つめていた。またさっきとは違う、今度は黒猫だった。
 最初に出会った白猫よりさらに大きいその猫は、わたしと目が合うとすぐに歩き出してしまった。
 その動きがまた変わっていた。大きいお尻を振り、右に左にウロチョロしながら時折わたしに視線を投げる。わたしはその猫の行き先が気になってしまい後を追った。
 その猫は看板の前で歩みを止めた。今日ほど看板を見た日はない気がする。どうやらここは時計屋みたいだ。
 レトロな雰囲気と無数に飾られている柱時計。その独特の空間にわたしは入ってみたくなった。
 その前に__看板のほうを一応振り向く。やはりあの黒猫はいなくなっていた。今日は変な日だ。猫を追いかけて普段いかない店にはいり、また猫を追いかけて。
 こんなに楽しい日はいつ以来だろうか。自然と頬が緩みながらわたしは店に入った。
 遠くで猫が鳴いた気がした。

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