「ご注文をお伺いします」
フロアのベルを押してすぐ、近くのウェイターが声をかけに来た。
「包み焼きハンバーグセットをパンでお願いします。あとドリンクバーも」
男は視線をメニューからスタッフの青年へと向ける。
まだ高校生だろうか。それにしてもネームプレートが気になった。
そこには水田太郎と書かれていた。今時太郎という名前は珍しい。
それよりネームプレートがフルネームであることに男は違和感があった。
フルネームで書かれたネームプレートを初めて見たかもしれない。
「かしこまりました」
水田太郎くんは恭しく一礼して去っていった。
食事が来るまでの間、スマホをいじる。
動画はさすがに見れないから、ニュースでも見ておこう。
二つ離れた席に食事運ばれた。
そのウェイトレスに向かって別の従業員が近づいた。するとウェイトレスは鬼のような形相を浮かべた。
「太郎の野郎!ぶっ殺してやる!!」
そういうと彼女はキッチンに早歩きで向かって行った。
「え?」
おいおい何があったんだ? あの新人らしき彼がなにしたんだ。
ガシャンッ
食器の割れる音、ボウルの落ちる音がフロアにまで響いた。
まわりのスタッフさんは「失礼しました」を頭を下げる。
彼らは殴り合いでも始めたのか?
俺は覗けないとわかっているがついキッチンの方に視線が固定される。
一瞬の沈黙。
ウェイトレスがこちらへと向かってくる。
「おまたせしました」
彼女は包み焼きハンバーグセットを俺のテーブルに乗せた。
彼女は何事もなかったかのように、すっきりとした様子でお辞儀を一つして立ち去ろうとする。
俺は尋ねずにはいられなかった。
「あの、水田さんはどうなさったんですか」
恐る恐る訪ねてみる。
彼女は「えっ?」と困惑を浮かべた後「水田なら先ほど帰られましたよ」と嘘くさい証言をした。
水田太郎くんもしかして殺された!?
わたしはそれ以上追及することに危ういものを感じ、沈黙する。
後日、友達にこの話をしたところ太郎とはGのことだよ、と笑われた。