「こんにちは、藤田正樹さんですよね。1分だけお時間よろしいですか?あっ、失礼しました。わたくし」
ゲーセンからの帰り道に声をかけられた。
名刺を渡される。『渋田探偵事務所 渋田さなぎ』とあった。
「探偵さんがなんのようですか?」
「実は、探田雄介さんについてお伺いしたいんですが」
「……どうして雄介のことを」
渋田は深田雄介が行方不明になっていることを話した。彼の調べたところによると雄介の学生時代の情報が欲しいという。
それで、中学校が同じだった俺に声をかけたんだそうだ。まあそれくらいの調べ物は探偵なら朝飯前なのだろう。
「深田さんはどんな人物でしたか?」
「どうっていわれると、目立ちたがりですかね。よく先生に授業中に話しかけるようなタイプです。
授業の内容じゃないですよ。くだらない噂話です。先生同士の眉唾ものの話とかですよ。
良く怒られていましたし、正直うざかったですね。真面目に授業を聞きたい連中の気とか考えられていないタイプで。
……行方不明というと、何か事件に巻き込まれたんでしょうか? えっまだわからない。
そうですか、まあ、ありえそうだなとは思っただけですよ。あいつとは高校を卒業してから会っていません。そもそも学校以外で会わなかったですよ」
一通り俺は語った。少し喉が乾いて、ゲーセンの入り口前の自販機が目に留まる。
探偵は俺の目線の動きに気付いて、飲み物を購入し、お礼をいって立ち去った。
「あのー係長。ロビーに渋田さなぎ様がまだいらっしゃるようなんですが」
「はぁ、追い返せないのかね」
「申し訳ありません。不在であるとお伝えしたのですが、ならば戻ってくるまで待つの一点張りで」
「わかった。すまなかったね君。後は任せたまえ」
わたしは『渋田探偵事務所 渋田さなぎ』と名乗る男の元へとそそくさと歩いた。
ロビーの端のソファで男を見つける。声を出す前に相手がこちらに気付いた。
「こんにちは、相坂とおるさんですよね。探田雄介さんについてお聞きしたいことがありまして。私こういうもので__」
「いや、いい」
名刺をわたそうとする手を片手で制する。
こいつはどうも学生時代の旧友について、どんな人物だったのか聞きたいとのことだった。長く忘れていた過去の記憶の引き出しを開けながら、わたしは話し出した。
「変な奴だったよ。まあ恨みを買うこともあっただろうな。
観察力はあったんだろうけど、無神経だった。相手の痛いところをついては悦に浸ってた印象がある。
人の弱みを人前で言うもんだから、殴られることもあったよ。
あー、きっと怒らせちゃいけない人を怒らせたんだろうな。
今頃はコンクリ詰めで日本海に沈んでいるんじゃないか?
えっ、違う。まだ事件に巻き込まれたかわからないって? そうかい。ありそうだなと思っただけだよ」
男はわたしの話を聞き終えると、質問もせず立ち去って行った。
平日はどんなに寝てもいつもの時間に起きるのはつらいのに、休日はそのいつもの時間より早く起きたりする。不思議だ。
眠くて眠くてしょうがない朝はコーヒーを飲む。
定番の眠気覚まし。
寝ぼけているのでよく砂糖を入れ忘れる。苦い。
「はーっ」
大きく息を吐きだす。6畳の部屋がどんよりした空気で充満しているような気がした。
これも休日との違いだな。
換気が必要だと思い、窓を開けた。外へ出る。ベランダの物干しざおに雨粒が並んでいた。
あってもなくても変わらないものってある。
夜に降った雨と自分はどれくらい関係があるのだろう?
何気ない朝の何の意味もない哲学。ふっ今の私カッコイイかも。
「物思いふけっているところすみませーん。鵜飼由人さんですよねーー?」
ベランダ下のから、大声が飛んでいた。男は探偵と名乗り、私に向かって事情を説明しようとする。
「バカっ! ご近所さんに迷惑になるだろ。玄関まで来い!」
朝の優雅なひと時が台無しだ。
渋田さなぎと名乗った彼は、高校の同級生でだった深田雄介について聞いてきた。
「あいつはまあ高校では仲良かったほうかな。よく遊びに行ったりしたよ。
高校を卒業してからは知らないな。一度も会わなかった。
やんちゃというより、好奇心が強いというか、人の探られたくない事情を言い当てたりしてたよ。
そう、そのことを本人に直接聞くんだよ。まー、触れちゃいけない闇にでも触れてしまったんだろうよ。
今頃は発展途上国とかにいるんじゃないかな? えっ犯罪に巻き込まれて逃亡犯なったかなんてまだわからないだろってまーそうだけど、ありそうなことなんで。そんな怒らないでくださいよ」
渋田さなぎは事務所に戻ると、すーっと薄い深呼吸をした。
今回の収穫は上々だった。
だが、私が犯罪に巻き込まれてそうという同級生からの先入観には少し腹が立った。
いや、身から出た錆だな。渋田は反省し、内ポケットから探田雄介だったころの自分の写真を取り出した。
同級生たちの先入観は実は当たっていた。深田雄介は過去に大きな事件に巻き込まれ、顔を変えて生きるしか道がなかった。
顔を変え、名前も変え、5年が過ぎた今、地元を離れ探偵として過ごしている。
ここ3日は地元で調査があったため、そのついでに同級生に自分はどういう印象を持たれていたのか聞いてみることにしたのだ。
「若い頃の自分は本当にバカだったな」
渋田はふふっ、と笑みがこぼれた。
藤田正樹は最後に語った。
「頭が良いでしょうね。話していて面白い奴ではありました」
相坂とおるは最後に語った。
「根はいい奴なんだろう。たまには人の役に立つこともしていた。頭の使い方を知らなかっただけだよ」
鵜飼由人は最後に語った。
「面白い奴でしたよ。俺は『こいつは大物になる!』って思ってたんだけどね」