「くそっまたやられた」
感情をぶつけるように欠けたチーズをゴミ箱へ叩き入れる。この家に不法入居しているあいつの仕業に違いない!
男は深く深く深呼吸した。あいつが現われてから男が身に着けた対処法のひとつだった。
頭に登った血がスーッと下に降りていくのを感じて、ようやく状況を整理する。
「あのネズミをどうしてやろうか」
1か月前からうちにいるやつによって時折、食材がかじられる事件が続いていた。
今日も今日とて、そいつにこうして食材を無駄にされてしまい男は腹が立っていた。
「もうがまんならん」男はホームセンターへ向かった。
今すぐにでも殺してしまいたいという感情とは裏腹に男は迷っていた。
残酷な殺し方などしたくないし、痛めつけるのも心苦しいのだ。
まず目についたネズミ捕りを手に取るが、はさみつぶすという殺し方を想像してしまいそっと棚に戻す。
グロテスクな死体を処理しなくてはいけないのは男にはためらわれた。
「いいものがありますよ」
店員さんに相談すると客を置いていきそうな早歩きで目的の場所へと移動する。
店員は客を置いていくつもりなのかもしれない。
彼女は水を得た魚のように一言も噛まずに早口でお勧め品を紹介した。
「私が探していたのはこれだ。これに違いない」
店員のいうことを理解半ばだが男はお勧め品を購入した。たぶん効果があるのだだろう、彼女を信じることにした。
男は早速その粘着性の強くほのかに甘い匂いのするトラップを冷蔵庫近くに設置した。
男が見るにゴキブリホイホイのネズミバージョンといったものだった。
これならぐちゃぐちゃになった死体を処理しなくて済むと男は考えたのだ。
だが男はその選択と店員さんを恨んだ。
結果は上々。翌日には罠にネズミがかかっていた。
早速、手袋と厚めの紙袋を持って罠の元へ向かった男は動けなくなった。
ネズミを処理することをためらいをおぼえた。
うるんだ瞳が「たすけて」と訴えるように見上げていたように見えてしまったからだ。
男は立ち尽くした。
「これはダメだ」
一人呟き、このまま餓死させてしまうのが一番ではないかと考えた。
自分の手を汚さなくていいの方法は他にないだろうか。
「はあ、思いつかない」
今は、もう寝よう。男は考えることをあきらめて床についた。
翌朝、目を覚まして第一にキッチンへ向かった。
ネズミの処理を朝一でしてしまおうと男は覚悟を決めていた。
そして飲み屋に行って、今日のことは忘れてしまおうと考えていた。
だが、捕獲されているはずの場所にネズミの姿はなかった。
「一体どういうことだ?」
男は昨日のことは夢だったのではないかと疑いたくなった。あの状況から抜け出せるとは思えない。
そこで男ははっとおかしな点に気づいた。テレビがつけっぱなしになっているのだ。
映っているのはネズミが猫を翻弄する懐かしいアニメの映像。子どもの頃に親に勝ってもらったDVDだった。
「まさか!」
男は罠につかまったふりだったのかと考えた。
おちょくられていたのかとネズミの頭の良さに恐怖を覚えた。
「今の映像のせいだ」だが、ここまでの考えをネズミに読まれているのだとしたら……。
引っ越そう。男は降参だという風に首を横に振った。